特別ショートストーリー  

2020.1.1 | 元日

初詣は二度目

「……。都会ってすごい」

とんでもない人混みだった。
さすがカズイが『初詣 この辺』で検索して、一番目に出てきただけある。
この土地での生活にもすっかり慣れたつもりだったけれど、神社なんて普段から気にするようなところじゃなくて。まあ一番有名なところへ行けばハズレはしないかと安直に決めた。
カズイがいても迷うかもしれないと不安だったのは駅につくまでで、改札を抜けた瞬間、同乗の客みんな目的地は同じなのだと直感的に気づくほどの人。人。人。
こんなに多くの人間、昨日までいったいどこに隠れていたんだろう。もう一度呟いた。ああ、都会ってすごい。

どうにか参拝して帰宅の道すがら、専攻の集まりに顔出してくる! 昼飯だけ食ってくるから! と慌てるカズイと先ほど別れた。元気だな。同じ人混みと喧騒に揉まれたはずなのに。
自分もカズイ以外からの誘いがないわけでもなかったが、とにかく帰りたかった。

こんなとき、ふと脳裏をよぎるのはあの人のこと。今なにしてるかな、大丈夫かな。大学の友達と初詣だよと送ってくれた写真、鮮やかな赤い着物がよく似合っていたから。
これからはもっと頻繁に3人で遊べたらいいな、なんて気持ちもありつつ上京したけれど、これじゃ地元にいたときと大差ない気がする。

(あ――そういえば、冷蔵庫になにもなかった)
ひとりの食事は味気ない。それでも空腹には代えられないので、コンビニにでも寄ろうかと近くの店へ足を向けた。
すると曲がり角のすこし遠くに、なんだか見慣れた背中がある。

「……師匠?」

「わお、弟子くん。ちょうどいいところに」
「ど――どうしたんですか、その大荷物。持ちますよ」
ぱっと振り返った亨先輩の指には、ビニール袋の持ち手が細いヒモのように幾筋も食い込んでいた。鬱血してずいぶんと赤くなっている。さすがにしんどそうな彼のもとへ急ぎ馳せると、吐息のようなあくびのような、力の抜けた笑い声で喜ばれた。
ひとり暮らしの買い物にしては大きな袋をいくつも手に、いったいどこへ行くのだろう。

とりあえずひとつを受け取ると、
「それあげる」
「? なんでしょう」
「ちょっと遅いサンタさんだよ」
一言断ってから中身をのぞくと、餅や冬の野菜が隙間なくみっちり詰まっている。芸術的だ。
「え、こんなに……あの、いいんですか?」
「いーよいーよ、それは弟子くんの分!」
「俺の?」
「ん。俺ひとりじゃ食べきれないほどあるからねぇ、今みんなにお裾分けしてて――あ、うちの実家でつくってるんだ。おいしさ花丸だよ」
「へえ」
そういえばここよりずっと田舎のほうで、旅館を営んでいると聞いたが。どっしり重くて瑞々しい野菜たちは、いかにも食べ応えがありそうで嬉しくなる。
「んで、こっちの袋は太輔んちに持っていくつもりのやつ。あはは、でもほら、手が一本あいてたから。もう一袋いけるかなと思ったんだけど、やっぱキツかったねぇ」
「……たまたま通りがかってよかったです」
この人はたまに無茶をする。

血の滞った手のひらをわきわき握りながら、先輩は小首をかしげた。一度あたりの人影を確認した様子なのは、おそらく気のせいではない。
「弟子くん、ひとり? もしかしてこれからお出かけ?」
「いえ。帰るところですよ」
「ふうん……あ! そうだ、じゃあ一緒に太輔の家いこ」
「ええと、年始からお邪魔するのはさすがに申し訳が、」
「いいって。そろそろお昼時だし、今日寒いからおうどんにしてもらおう。野菜たっぷり、力うどん――」
わが家のようにトントンと話をまとめると、先輩はひとり納得して先を歩き出す。先ほどまでダルそうに重かった足取りが、袋ひとつなくなっただけとは思えないステップで跳ねた。

「わ、待ってください」
太輔先輩にお伺いのメッセージを送らなくては。とはいえ置いて行かれないようにと速足で背中を追うが、追いつく前にふと、先輩が足をとめる。
「……?」
その視線の先を辿ると、細く長い石階段があった。
葉の枯れた冬の木々とはいえ、覆い隠すような枝が邪魔で到着点がよく見えない。ただ、色の褪めた葉の隙間から、鮮やかな朱色が眩しいほど目に飛び込んできた。

(――神社、かな?)

それが鳥居の朱色なのだと気づいてからは、枝で隠れている部分の輪郭もつながって全容がぼんやりと浮かびあがる。
場所は違えど、ちょうど先ほど詣でたばかりだ。
「なんだ、こんなところにもあったんですね。……知らなかった」
意外なほど近所にあった。階下からでもその穏やかな雰囲気がうかがい知れて、ホッとする。
心の澱を吐き出すような白いもやもやが、ぶわりと天に昇っていった。
「そうだ。せっかくだし、神様にご挨拶してこっか」
「はい」
突然の提案だったが特に驚かなかった。楽しそうだ。

「ゴーゴー!」

はじめこそ勢いと元気よく石階段をのぼっていた亨先輩だけれど、ほんの10段程度越えたあたりであっという間に息切れてしまった。勾配が急すぎて思ったよりしんどかったらしい。
「に、荷物邪魔だぁ……重いよこれ。お餅とお野菜抱えてこの階段のぼるなんて、冷静に考えて無理じゃない?」
「ふふ、なるほど。――じゃあ俺、先に行きますね?」
「! ま、待ってぇ……」
このくらい、全く問題ない。亨先輩に振り回されるだけの自分ではなかった。
ああ、そういえばお腹が空いていたんだっけ――野菜たっぷり力うどん、気になる。できればお肉も食べたいけど。今日はもう疲れたと思っていたのに、こんな元気が隠れていたとは。
先ほどまでの鬱屈した気持ちが嘘みたいだ。

なんだかんだとへろへろついてくる先輩を見守りながら、やっぱり自分もご相伴にあずかろうと決める。

新しい年は、なんだか明るい。

お正月