特別ショートストーリー

2020-12-11 | 特別ショートストーリー

アゼルのトレードミッション(end)

曲がりなりにも一応ボスへの文書には違いない。アジトに戻ったアゼルは、グシオンに封を受け渡した。


中を確認してそれがラブレターであることを知った彼の行動はといえば、気のないため息を一つつき、書斎机の片隅の、かろうじて視界の端に映るくらいの位置にそっとそれを置いた、というものだった。
この様子だと、返信は礼を失しない程度に、当たり障りのないものにするつもりだろう。


「それで」と一拍置いてから、グシオンは心底不可思議そうにアゼルを見た。


「なにがどうなったらこんなものを持ってくる。お前には、ただクリンチの様子を見てくるよう頼んだだけだと記憶しているが」
「ええ…まあ…話せば長い話で…」
「長期任務から帰還したときよりも疲れ切って見えるのは気のせいか」
「いえ、まあ…それは…ええ…」

その通りだ。ある意味任務をこなすより疲れる一日だった。自分でもどうしてこうなったという気持ちしかない。クリンチの件に至っては今言われるまで完全に忘れていた。そういう具合なので、できればもう、これ以上は何も言わないでそっとしておいてもらいたかった。こんな間の抜けた話を、そんなに冷静に語られると余計に居たたまれない。


「その。クリンチ様の件に関しては、特に問題はありませんでしたので…」
「そうか、ご苦労だった。ああ、それともう一つ」
「なんでしょうか」
「お前に、しばらくの休暇を与える」
「え…休暇、ですか?」
「このところ、難易度の高い長期任務が続いていたからな。お前が優秀だからとはいえ、任せきりにしてすまなかった。また次に備え、しばらく英気を養うといい」
「そんな、もったいないお言葉です。お心遣いありがとうございます」


悄然としていたところにその労いは染み入った。評価を意識したことはないが、常に完璧な任務の遂行を信条としていたから、結果が伴っていることは誇らしく思う。


(今日はなんだか、物をもらったりあげたりの一日でしたが…最後はこれのようですね)


ここはありがたくボスの厚意をいただくことにして、アゼルは礼を述べて部屋を辞した。


「あ、いた! おーいアゼル!」
「おや。マギアさん」


部屋を出た一歩目ですぐに声を掛けられた。このパターンは、とアゼルは思わず今の自分の持ち物を確認する。大丈夫だ、もう失うものは何もない。


「? どうしたんだ、神妙な顔して」
「いいえ、お気になさらず。それよりどうかされましたか?」
「うん、あのさ。今度みんなで、ギフテッドの複合レジャー施設に遊びに行こうって話になったんだけど、よかったらアゼルも行かないか?」
「え?」


そこから続けられたマギアの説明によると、その話へと至った経緯はこうだ。


先刻、マギアはオックスとクレープ屋へ行こうとしていたところだったのだが、その途中、廊下でジギとフロウに出くわした。ジギがデートに誘ってフロウが全力で断るといういつもの光景だったのだが、そこでオックスを見つけたフロウが「オックス様が一緒なら行ってもいいわ♡」と言ってオックスの腕に絡みついた。(このときジギはがっくりと肩を落とした)


するとオックスは「それならマギアもどう?」とまったくフロウにはありがたくない提案をした。マギアが了承したちょうどそのとき、マギアに向かって突進してくる小型モンスター(シュガーというらしい)とそれを追いかけるクリンチが現れた。シュガーをアジトに連れ込んだと知ってクリンチに説教をするマギアだったが、そこでふと思いつき、「グシオンに黙っててやるからお前も来い」と脅しまぎれに誘った。クリンチは(オックスも)心底嫌そうな顔をしたが渋々了承した。


そうして話がまとまったのでみんなの空いている日を探したところ、奇跡的に全員の休みが重なる日があったという。


「だからアゼルも誘いたくて、グシオンにアゼルの休みの日を聞いてみたんだ。だってアゼルいつも忙しいだろ? そしたらグシオンがさ、ちょうど今アゼルが来るから近くで待ってろって。部屋から出てきたら、誘ってみるといいって」


一連の話を聞いたアゼルは、思わず笑みをこぼした。グシオンが休暇を与えた真意は、これだったのだ。


「ええ――空いていますよ。ぜひ私もご一緒させてください」
「! 本当!?」


パッと明りが灯るように、マギアはとても嬉しげに笑ってアゼルの手を取った。


「よかった! わぁ、なんか今からすごい楽しみだ!」
「ふふ。私もです」
「じゃあ今からみんなで、当日の計画の話しよう!」


手を引かれながら、アゼルはマギアと共に歩き出した。
当日の計画、という言葉が胸に響く。考えてみたら、仲間とどこかへ遊びに行くなんてこれまでしたことはなかった。


その日みんなと過ごす時間は、どんなふうなのだろう。騒がしいくらいに賑やかだったり、たまに可笑しかったりしながら、楽しげな笑い声がずっと絶えない。そんな一日になる気がする。想像の中のみんなの笑顔に、つられて笑みがこみ上げた。


(どうやら、本当の最後のもらいものは――その日みなさんから頂くことになりそうですね)


そのときは自分も、同じものをみんなにあげられたらいい。


ひそやかにそう思うアゼルの表情は、アゼル自身も気づいていないくらいに、とても晴れやかな笑顔だった。