2020-12-04 | 特別ショートストーリー
アゼルのトレードミッション(part5)
ガードマンからの情報は本物だった。
「おやおや。これはまた意外な先客がいたものだね」
ギフテッドエリアの一角、ひと気のない寂れた路地。メモの場所と時間の通りに、男は現れた。
「お邪魔してどうもすみません。私としてもあなたの顔はもう二度と見たくなかったのですが。これも仕事なので」
「ふむ。君が優秀なのは知っているけど、ボクも隠密行動には自信があるほうでね。ちょっと解せないんだけど、一体どこでボクの動向を掴んだのかな」
「あなたの相棒が親切に教えてくれましたよ。コミック一冊と引き換えに」
「ガードマン、ね。やれやれ。今日はレベルの低い仕事だから外したけど、間違いだったかな」
「“今日はオフで敵じゃないから”あなたを売ったようですよ。ずいぶん立派なお仲間なんですね」
「まぁ、金で動くところが気に入っているからいいんだけどね。でもボクをコミック一冊分扱いしたことはいただけないな。もっと値打ちのある情報だとは思わないかい?」
「さあ、どうでしょうか。私としては、あなたごときと同等にされたコミックに同情しますが」
互いに笑みをたたえたまま、両者の間で激しく火花が散った。まだ戦闘が始まってもいないうちから、目に見えない応酬はすでに繰り広げられていた。
「とは言っても、ガードマンにしてやられたのはお互い様だ」
「…どういう意味でしょう」
「だって今日の仕事はもともと、ヴァーテックスがターゲットだからね」
「…!」
「本来はその辺に転がってる下っ端と接触する予定だったのさ」
道理で話がうますぎたわけだ、とアゼルは得心した。
ガードマンの情報に嘘はなかったが、アゼルが介入したところで困ることもない、むしろ手間が省ける、そうことだろう。
「そうですね…癪ですがどうやらうまく使われてしまったようです。けれど手間が省けたのはこちらも同じこと」
アゼルは自らの武器を取り出し、構えた。
「これであなたとの、過去の失態も清算できるというものです。――行きますよ」
そして間合いに踏み込もうと今まさに地を駆ける……というその寸前だった。
「ああ、違う違う。ちょっと待って」
思いきり出鼻をくじかれた。
「……なんなんです?」
「今日はケンカしに来たんじゃないんだ。ええっと、どこにやったかな」
腹が立つほど悠長な仕草で、キツネは懐から何かの封らしきものを取り出した。
「これこれ。この文書をそっちのボスに届けて欲しいんだ。それだけだよ」
「…なんの文書ですか」
「とあるヴィラン組織の、そこそこ名のある女ボスから、グシオンへのラブレターさ」
意味を咀嚼するのに少し時間がかかった。確かにラブレターと聞こえた。正しく意味を理解できたらできたで、今度は唖然とすることしかできなかった。
「…らぶ…?」
「まあ、そういう反応にもなるよね」
「…色々とどこから聞いていいものか悩みますが…どうしてそんなものをあなたが?」
「いや、さすがにボクもこんな依頼ははじめてさ。でもたまたま予約に空きがあったし、そこそこの組織だったから、繋がりを作っておくのも悪くないかとね」
言いながらナチュラルに封を差し出されるので、やや呆けていたこともあり、つい受け取ってしまう。それほどまでに“グシオンへのラブレター”という字面はいささか衝撃が過ぎた。
「じゃあ、よろしくね」
呆然と手元の封を眺めていたアゼルはその言葉で我に返る。とりあえずラブレターのくだりは横に置いて、キツネを捕らえなければならない。
だがアゼルが顔を上げたときには、もう遅かった。キツネの姿は忽然と消えていた。
路地のいたるところで根を張る濃い影に、完全に紛れ込んだようだ。まったく気配を感知できなかった。
アゼルは何とも言えない気分でまた封を見やる。
(……私は何をしていたんでしたっけ)
今日一日分のそれが今押し寄せてきたかのように、どっと疲れてしまった。