特別ショートストーリー

2020-11-06 | 特別ショートストーリー

アゼルのトレードミッション(part1)

それは、長期任務から帰還したアゼルが一連の報告を済ませたときのことだ。


「クリンチ様の様子がおかしい、ですか?」


小首をかしげると、アゼルの目前に座るボスであり上司である男は、自分の顔の前に手を組みながら頷いた。


「ああ。先ほど見かけた時も、どうも落ち着かない様子でな。周囲をやたら気にしながら自分の部屋へ戻っていった」
「クリンチ様に落ち着きがないのは、常のことだと思いますが」
「だからこそだ。傍若無人のあれが、隠れるようにしおらしく周囲の目を気にしている、という時点で十分異常だろう」


なるほど、と苦笑しつつ同意した。クリンチ相手だと問題視の判定基準もそれなりになるのだ。


「では、私がクリンチ様の様子を見ておきましょう。問題があれば報告します」
「ああ。頼む」


諜報員という職務上、疑いの目を身内に向ける任務も珍しい話ではないが、この件については任務と呼ぶほどのものでもなく、単なるお使いだった。アゼルはグシオンの部屋を退室したのち、さっそくクリンチの部屋へと向かった。


――まさかこれが、全ての始まりとなることなど知るよしもなく。


「クリンチ様? アゼルです。おられますか?」


クリンチの部屋のドアを数回叩く。これで反応がない場合の次の出方は、ドアに耳を寄せて中の様子を窺うことだったのだが、その先読みは取り越し苦労に終わった。
まるでノック音に驚いたかのように、物をひっくり返したようなけたたましい音が響き渡ったのだ。


標的と接触するとき、相手との出方の読み合いが前提となるので、そのつもりで身構えていたアゼルだが、あまりにも分かりやすすぎて思わず脱力した。読むまでもなく、これは確実にやましい何かがある。
ならば行儀よく相手の出迎えを待つ必要はない、やましい何かを隠蔽される可能性がある。


「クリンチ様? すごい音がしましたがどうされました?」


アゼルは何食わぬ顔で勝手にドアを開いた。クリンチの身を案じて突入しましたという態度を装って部屋の主を探すと、ほどなく彼を見つけた。
部屋の隅で、アゼルに背を向ける形で身を丸めている。


「なにかチビガキ!? オレの部屋、勝手に入るするな!」
「すみません、クリンチ様になにかあったのかと思ったもので」
「なんもない! はやく出れ! 帰れ!」
「…そうしたいのは山々ですが」


どうやらそういうわけにもいかないようだった。先程からクリンチが身を丸めて隠そうとして、隠し切れていないそれを見てしまっては。


「キュンキュン!!」
「! オイ! 静かにする!!」


わた飴のような外見の生き物が、クリンチの腕の中からアゼルに向かって鳴いていた。
どうやら、やましいものの正体はこの小型モンスターで間違いないようだ。なぜなら。


「クリンチ様。ご存知でしょうが、アジトに生き物の持ち込みは禁止ですよ」
「グ…」
「なぜモンスターを部屋に?」
「グルル……」


クリンチは居心地悪そうに唸ったのち、ぼそぼそと口を開いた。


「……アレ。アマい、マズいやつ。こいつ、もっと欲しいする」
「…?」
「ちんちくりん、持ってくるいつも少ない! オレいらんけど、コイツ、もっと食べたいする。だから連れて来た、しかたない! 欲しがるするのコイツ! オレちがう!」


話がよく見えないが、食べ物が目当てでしでかしたらしいことは、なんとなく理解できた。
なにやらそれをモンスターのせいにしているようだが、言い訳がましい口ぶりからして後ろめたい事情があるのは本人だろう。


「お前…グシオンチクるか?」


さて、どうしたものか。
すぐには答えず検討していると、それがクリンチを不安にさせたようだった。彼はおもむろに立ち上がった。かと思えば、部屋に備えられた古ぼけたキャビネットをごそごそと漁り、何かを取り出してまたアゼルの元へ戻って来る。


「コレ、やる」
「…なんですか、これは」
「コレクション!」


なかば押し付けられる形で受け取る。一瞬それが何なのか判断できなかったが、ややあってダーツで使われる矢だと思い至った。


「ヨシ! お前、もうソレもらった! チクる、許さん!」
「……。なるほど。賄賂ということですか」


どう見ても、口止めに釣り合う価値のないガラクタだ。だが常のクリンチならこんな回りくどいことをせずとも力づくで黙らせにくるだろう。そうしないは一応彼なりの誠意なのか、もしくは、もともと彼はアゼルを苦手にしている節があるので、迂闊な行動を避けているのかもしれない。本能的に。


「わかりました、ボスには問題なかったと報告しておきます。でもちゃんと元のすみかに帰してくださいね」
「! フン、言わんでもやる!」

ぶっきらぼうな返しをしつつどこか嬉しそうなクリンチに、アゼルも微笑する。その足元ではわた飴姿のモンスターが能天気に鳴いていた。