特別ショートストーリー

2020-11-13 | 特別ショートストーリー

アゼルのトレードミッション(part2)

アゼルがクリンチの部屋を出たとき、ちょうどそこを通りがかった人物がいた。


「やぁアゼル。また意外なところから出てくるんだな」
「オックス様。ええまぁ、所用で少し」


答えると、クリンチの部屋に何の所用が、というような不思議そうな顔をされる。
そんなオックスの周囲では、その場に居合わせた女性構成員たちがさっそく色めき立っていた。ヴァーテックスではもはや日常茶飯事の光景だ。オックスがそこにいるとき、この光景もまたそこにある。疲れそうなものだが、本人はもう慣れてしまっているのか完全に流しているようだった。


「オックス様はこれから任務ですか?」
「いや、この後は空いてるんだ。だからマギアを誘って街にでも行こうかと」
「なるほど、マギアさんとですか。それはそれは。ぜひ満喫されてください、マギアさんと」
「……どうしてそんなに強調するんだ」
「いえいえ、お気になさらず」


オックス本人は隠しているつもりのようだが、彼がマギアを好きであることは周知の事実だ。にもかかわらず、当のマギアだけが気付いていないものだから、見ているこちらとしては歯痒く、もどかしく、じれったくもなるというものだ。


「ん…? アゼル、何を持っているんだ?」
「ああ、これですか。ダーツの矢のようですね」
「ようって、君のものじゃないのか?」
「ええ。もらいもの……いえ、拾ったんです」


オックスとクリンチは水と油ほどに相容れない仲なので、無難にクリンチの名前は伏せることにする。


「へぇ…埃はかぶってるけど、かなりいいものだね。手入れすれば使えそうだし」
「わかるのですか?」
「多少ね。ダーツはちょっとした特技なんだ」


興味深そうにするオックスを見て、アゼルはやや考えたのち、ダーツをオックスに差し出した。


「よろしければ、差し上げますよ」
「え、いいのかい?」
「私には使いこなせませんから。いいものなら、なおさら宝の持ち腐れですし」
「ありがとう。じゃあ久しぶりにまたやってみようかな」


オックスは年相応の少年のような笑みでダーツを受け取った。クリンチからのもらい物だと伏せておいて正解だったようだ。
受け取ったダーツを懐にしまった彼は、そこで何かを思い出したようにまた懐を探り出した。


「お礼と言ってはなんだけど。よければこれをもらってくれないか」
「これは…?」
「今度ギフテッドにクレープ屋ができるんだけど、そのプレオープンの招待券だって。この前街を歩いてたら配ってて、なんだか多めにくれたんだ。今日マギアと行くつもりなのもそこなんだけど、それでも余ってしまうから」
「そうなのですか。実はクレープは好物でして。ぜひいただきます」
「それはよかった」


招待券をオックスから受け取ったアゼルは、そこで彼と別れた。
またいつ長期任務が入るかわからないし、いつ行こうか。そう思案しながら廊下を歩いているときだった。


「あら、ようやくご帰還? 今回もずいぶんのんびりお出かけだったようね」


またしてもアゼルに声を掛ける人物が現れた。それもかなり面倒臭いことこの上ない相手だった。


「ええフロウさん。少しばかりやっかいな任務だったので」
「まったく、少しはオックス様を見習いなさいな。あの方ならどんな任務もスマートにこなしちゃうんだから♡ あなたなんてまだまだ素人よ、素人」
「私などがオックス様と比べられるのはおこがましいというものです。そう言うそちらのほうは、私に声をかけるくらい余程お暇なようで」
「あらごめんあそばせ。私は今日お休みなんですの。帰って来たばかりのあなたには嫌味だったかしらぁ?」
「ええですから、お休みなのに私に声を掛ける以外予定がなくてお暇なのでしょう? お可哀そうに、同情します」
「うっさいわねこのクソガキ!! ほっときなさいよ!!」


アゼルを華麗にやり込めたかったのだろうが、図星を指されたフロウは最終的にとても素晴らしい語彙力を発揮した。口でアゼルに勝てた試しなど一度もないのだから、やめておけばいいのにと思う。


「ほんっといけ好かないガキね! どんな教育を受けたらそんなに捻くれるのかしら!?」
「そっくりそのままお返しします」
「きぃぃぃっ!」


心底悔しげに歯噛みするフロウだったが、その時ふとアゼルの手にする券に目を留めた。


「あら!? ねぇそれ、今度ギフテッドにできるクレープ屋の招待券じゃないの?」
「ええ。よくご存じで」
「! でかしたわクソガキ! これよこれ!」
「勝手に取らないでください、はしたないですよ」
「なんとでも言いなさい。今の私にはこれが必要なのよ! さっきオックス様がこの券であの子を誘ってたのよ!? このままじゃ二人でいい雰囲気になっちゃうじゃない!」
「知りませんよそんなの」
「もう! たかがクレープの券一枚、レディに気前よくあげられないわけ!? そんなに言うならホラ、代わりにコレあげるわよ!」


アゼルから強引に券を奪ったフロウは、別の紙切れをアゼルの手に掴ませた。


「私のパパのお得意様がギフテッドにある複合レジャー施設のオーナーなんだけど、その入場チケットよ。屋内遊園地からカジノまであらゆる娯楽を網羅してるんだから」
「それなら、これでオックス様をお誘いすればいいのでは?」
「だから、誘おうとしたらあの子をクレープ屋に誘ってるとこに出くわしたのよ! じゃあ、そういうことだから♡」


勝手に何かをそういうことにされて、券を奪ったフロウは颯爽と去って行った。