特別ショートストーリー

2020-11-27 | 特別ショートストーリー

アゼルのトレードミッション(part4)

件の本屋の前に辿り着いたアゼルは、そこで予想外の人物と遭遇した。


「ああ。あんた確か、ヴァーテックスの」
「…そう言うあなたは、キツネの仲間の。確か、ガードマンでしたか」


帽子を目深にかぶった覆面の男は、店の入り口付近に並べられた雑誌を立ち読みしているところだった。一瞬で神経を臨戦態勢に切り替えたアゼルとは対照的に、なんの敵意も見せず、ややだらけた空気でさえある。


「ただの雇い主だっての。仲間とか言うの気持ち悪いからやめろっす」
「同じことでしょう。うちの組織でもキツネとその相棒は、要注意人物として警戒されていますよ」
「……相棒は最悪っすね。そっちはどうか知らねーけど、俺はただの傭兵で、仕事してるだけなんで。あんたらとは敵でもなんでもないんすけど」
「でもそのお仕事によってはやはり敵ですよね。今はどっちなんです?」
「見りゃわかるでしょ。オフの日に、金にもならない戦闘とかマジ勘弁」


相変わらずだらけた様子を見ると、どうやら敵意がないのは事実のようだ。組織の標的とされているキツネとは違って、この男は要注意人物にとどまっている。こちらとしても不用意な戦闘は望んでいないので、アゼルは警戒心はそのままに、臨戦態勢を緩めた。


それを見て取ったガードマンは面倒臭げにため息をつくと、再び雑誌に視線を戻した。
と、そのとき何かに気づいたように、また視線をアゼルへと向ける。正確にはアゼルの手にするコミックを見ていた。


「…………。それ」
「なんです」
「あんたが持ってるそれ。どこで手に入れたんすか」
「…? 人からもらい受けたものですが」
「………もう読んだの」
「いいえ。まったく興味がないので、この本屋に譲ろうとしていたところです」
「……………」


どういうわけか、ガードマンは無言で手にしていた雑誌をラックに戻した。そしてじっとアゼルの手の中のコミックを見つめ、次にアゼルの顔を見て、またコミックを凝視する。


「…もしかして、欲しいんですか。これ」
「………。誰かに譲るんなら、俺がもらっても同じっすよね」
「論外ですね。ここの店主にはお世話になっているので、日ごろのお礼にあげるんです。それにあなたとは、今日は敵でないというだけで、物をあげるほど友好的な関係でもありませんよね?」
「…………」
「では」


笑顔できっぱりと言い捨てて、アゼルは店の入り口へ向かった。だがよほど諦めたくないのか、「なら」となおもガードマンは食い下がってきた。


「交換条件でどうすか」
「…というと?」
「そのコミックをくれるなら、キツネさんに関する有力な情報をやってもいいっす」
「! ……こんな本一冊のために身内を売ると? そんな話を信じると思いますか。どう考えても罠でしょう」
「さっきも言ったけど、オフの日に金にもなんねークソ面倒なことはしねーし、もしガセネタだったら、そんときは俺を本当にヴァーテックスの標的にすりゃいいすよ」


男の真意は掴みどころがなくて判断しかねる。だがこの男と違って、キツネのほうは明確に組織の標的であり、行方を追っている存在だ。


万が一何かの罠だったとしても、こちらは興味もないコミック一冊を失うだけ。


「…わかりました。いいでしょう」


頷くと、ガードマンはアゼルに少し待つよう言って本屋の中へ入った。しばらくすると紙とペンを持って戻ってくる。どうやら店主に借りたようだ。
男は紙にペンを滑らせ、書き終えたそれをアゼルに差し出した。


受け取って内容に目を通したアゼルは、約束通りコミックをガードマンに受け渡した。


「確かに、有力な情報のようです」
「あんたが話の分かる奴でよかったっす」


そう言うと、コミックを手にしたガードマンは去って行った。
アゼルは手の中のメモをもう一度確認する。そこには、キツネが今日仕事で動くこと、そして姿を現す場所と時間が記載されていた。