特別ショートストーリー

2020-10-09 | 特別ショートストーリー

ビタースウィート・マイ・ハート(end)

あれ以来、フロウはふとした瞬間にオックスの姿を探すようになった。運よくその姿を見かけることができ、それが会話できそうなタイミングであれば積極的に声を掛けた。


オックスもまた快くそれに応えてくれた。組織内でも他者とは一線を引いている節のある彼だったが、フロウに対しては優しく接してくれている実感があった。


フロウにとってヴァーテックスの中で最も親しい間柄は間違いなくオックスだったが、彼にとっての自分もそれに等しいのではないかと思えた。少なくとも女性構成員らの中では最も近しい自信があった。というよりも、才も見目も品格も、フロウ以外の者では話にならなかった。彼が持つそれらを最大限に引き立てられるのは自分だけだった。


だからオックスのためならなんだってした。オックスが自分に笑いかけてくれるたび、フロウの中で着実に、彼にとって相応しいパートナーはこの自分であると裏付けられていった。


だが組織入りして半年ほど経ったころ。それは唐突に音を立てて崩れた。


「マギア! マギアじゃないか!」
「もしかして…オックス!?」


その少女は突然現れた。かと思えばとても親しげな様子でオックスと言葉を交わし始める。
それに答えるオックスは、フロウが見たこともないほど、気を許した笑顔を浮かべていた。


知らない顔で笑うオックスを目の当たりにして、ひどくショックを受けている自分がいた。
この笑顔は決して自分には向けられないだろうことが、嫌でも分かった。
オックスにとってこの少女がどれほど特別なのかが、嫌でも伝わってきた。


二人しか知らない思い出話が繰り広げられ、疎外感と悔しさが溢れそうになるのをなんとか堪えながら、半ば強引に話に割って入った。それでようやくこの場は締められ、二人はボスに面会するため去って行く。


二人の姿が見えなくなっても、フロウはしばらくその場を動けず、自分の足元を見つめながら立ち尽くしていた。


それから間もなくボスの命令を受けたフロウは、少女に部屋を用意した。
彼女をそこへ案内する道中、少女はフロウに声を掛けてきた。


「えっと、フロウって呼んでいいかな。いろいろありがとう。突然で悪かった」
「いえ、これも仕事のうちですので」
「そっか…長い付き合いになりそうだね。改めてよろしく」


少女が握手を求めてくる。
その手はバリアントのフロウが持ちえない、美しい白い肌をしていた。


もともと人間の女性の容姿に羨望があったフロウは、ますます悔しさを募らせた。
憧れの容姿もオックスの心も、自分の欲しいものを手にしている彼女が羨ましい。


「…いいわね、親の七光りって」
「え?」
「グシオン様たちも何を考えてるのかしら? デミなんてお荷物でしかないのに」


けれどなにより、羨ましいと思ってしまう自分自身が一番苛立たしかった。


これまで自分の価値を疑ったことなどない。けれど今はじめて、自信を失いそうだった。
そんな自分なんて知りたくもなかった。


そこで思い至る。フロウに嫌がらせをしてきたあの女性構成員たちも、こんな気持ちだったのか。
自分が長い時間をかけて築いてきた大切なものを、横から突然現れたどこかの誰かが、いとも簡単に奪い去って行く。
それがこれほどまでに虚しく、悔しい。


(でも)


だからといって、彼女たちに同情も同調もするつもりはない。


奪われていくのを黙って見ているつもりもないが、裏で立ち回って陰から笑う真似もしない。


それは勝負にすらなっていない。


「ここは力がすべてよ。甘やかされるのは今のうち。デミでもできそうな仕事なら…フフッ。清掃員なんてどうかしら? 私からグシオン様にお願いしておきましょうか?」


やるのなら勝負だ。言いたいことは全て言う。遠慮も手加減もしない。そして完全に打ち負かす。
自分の価値で相手の価値を圧倒しなければならない。オックスに相応しいことの証明とは、そういうことだ。


「確かに私は、あなたと違って強くないかもしれない」
「!」
「だけど、中途半端な気持ちでここに来たんじゃない。必ず成果をあげて認めてもらうつもりだ。もちろん、卑怯な真似じゃなくて自分の実力で」


見た目からして非力そうなその少女は、ひるむことも気後れすることもなく、言い返してきた。
フロウの目を真っ直ぐに見据えて、受けて立ってきた。


(上等じゃない!)


少なくとも度胸において相手に不足はないようだ。
だが彼女がまだ何も成し遂げていないうちは、ただ口が達者なだけだ。


フロウは宣戦布告のつもりで少女に言い放つ。


「せいぜい頑張ることね」


部屋のカギとともに見えない挑戦状も少女へと突きつけて、フロウは背を向けて歩き出した。


(あなたなんかに、絶対オックス様は渡さないんだから!)


どれだけ自分がオックスを好きでたまらないか、証明してみせる。


――どこからどう見てもオックスに不釣り合いな、その少女との恋の戦いは、ここから始まるのだった。